2017年2月15日水曜日

氣府論篇第五十九.

梅の蕾もほころんで
 筆者は、本篇「気府論」は、前篇「気穴論」の続編と捉えても差し支えはないと思っている。
 ところで、ここに記されている経絡の巡行と経穴は、他経と入り混じっている。この点の意味においては、次篇「骨空論」の内容が示唆している。
 
 このことの意味を、筆者なりに感じたままに開示したい。

 諸家の主張するように、時代的進歩に従って経絡概念もまた完成されていったという意見も、確かに肯首できる意見である。

 しかしながら筆者は以前から、経絡そのものがデジタルな感覚で理解しようとすることに、少々抵抗感を持っている。

 このことは、朝と昼の区別をどこでつけるのか、という問いと同じ感覚なのである。

 現代的感覚では、時計という機械を用いてデジタルに区分することも可能であると思うが、朝昼の身体的感覚は、各人によって微妙に異なるであろう。

 各人によって異なる感覚であっても、それぞれが会話の中で朝昼の感覚を伝え合うとき、アナログ的な共通認識が持てないだろうか。

 それと同様に、筆者にとって経絡とは、地球に引かれている子午線のようなデジタルなものでなく、もっとアバウトなアナログ的なものだとの感覚を持っている。

 清濁の気がうごめき、天地の気がアナログ的に交じり合って流転している人体の在り様に思いを至す時、むしろこのようなとらえ方が、どうも筆者の感覚にしっくりと来るのだが、読者諸氏はいかがでしょうか。

※本文中の経穴名に関しては、諸説あるのでこれを取り上げず、原文のままにそれらを記した。


原 文 意 訳

 足の太陽経脉の脈気が発する所、七十八穴。

 両眉頭に各一。

 髪際中央、督脈に沿って頭頂までの三寸半に神庭・上星・顖会の三穴。

 その督脈をから相去ること三寸に、督脈、足太陽二行、足少陽二行の五行がある。

 その頭部に浮き上がる気が頭皮中にあるのは、一行中にそれぞれ五穴あるので、五五二十五穴となる。

 さらに頭頂から項に下り、項の大筋の両傍に天柱穴各一。

 風府穴の両傍の風池穴各一。

 背を挟んで尾骶骨に下る間に二十一節あり、その内の十五椎間にそれぞれ一穴ある。

 五臓の兪穴はそれぞれ五穴、六腑の兪穴はそれぞれ六穴ある。

 委中穴から小指に至るまでに各六穴ある。


 足少陽の脈気の発する所、六十二穴。

 両方の頭角に各二穴。

 目の中央から真直ぐに上がった髪際の内に各五穴。

 耳の前上角に頷厭穴各一穴。

 耳の前下角に懸釐穴各一穴。

 鋭髪の下に和髎各一穴。

 客主人(上関)各一穴。

 耳後の陥中に翳風各一穴。

 下関穴各一穴。

 耳下、牙車の後ろに各一穴

 缺盆各一穴。

 腋下三寸、脇下から季肋に至る八肋間に各一穴。

 髀枢中の傍らに各一穴。

 膝から下って足の小指の次指に至るまでに各六兪。



 足陽明の脈気の発する所、六十八穴。

 額顱から髪際に入った傍らに各三穴。

 顴骨の骨空に各一穴。

 人迎各一穴。

 缺盆の外の骨空に各一穴。

 胸中の骨間に各一穴。

 鳩尾を挟む外側、乳の下三寸のところから胃脘を挟んで各五穴。

 臍を挟み、横に三寸に各三穴。

 臍を下ること二寸の左右に各三穴。

 気街の動脉に各一穴。

 伏菟の上に各一穴。

 三里から足の中指に至る間に各八穴。分肉のところに穴空がある。


 手太陽の脈気の発する所、三十六穴。

 目の内眥に各一穴。

 目の外眥に各一穴。

 顴骨の下に各一穴。

 耳輪の上に各一穴。

 耳中に各一穴。

 巨骨穴各一穴。

 曲掖の上の骨穴に各一。

 柱骨の上の陷なるところに各一。

 天窓の上四寸に各一。

 肩解に各一。

 肩解の下三寸に各一。

 肘から下って手小指の端に至る間に、各六兪。

 手少陽の脈気の発する所、三十二穴。

 顴骨の下に各一穴。

 眉の後ろに各一穴。

 額の角上に各一穴。

 完骨の下の後ろに各一穴。

 項中の足太陽の前に各一穴。

 扶突を挟んで各一穴。

 肩貞に各一穴。

 肩貞の下三寸の分間に各一穴。

 肘から小指の次指の端に至るまでの間に、各六兪。



 督脈の気の発する所、二十八穴。

 項の中央に二穴。

 前髪際から後ろにかけて八穴。

 顔面に三穴。

 大椎から尾骶骨にかけてと尾骶骨の傍ら併せて十五穴。

 大椎穴から尾骶骨の下に至るまで二十一節とするのが、脊椎の定法である。



 任脈の気の発する所は、二十八穴。

 喉の中央に一穴。

 胸中の骨間中に各一穴。

 鳩尾の下三寸に上脘穴があり、上脘穴から神闕までの五寸で一寸ごとに一穴、計五穴あり、これがが胃脘に相当する。

 臍から横骨までを六寸とし、一寸ごとに一穴、計六穴がある。これらは腹部の脉の定法である。

 陰に下って前陰と後陰を分かつ会陰に一穴。

 目の下に各一穴。

 唇を下に承漿穴、齦交穴がある。

 衝脉の気の発する所、二十二穴。

 鳩尾を挟んで外に各半寸のところから臍に至る一寸毎に一穴。

 臍を挟むその傍ら五分のところから、横骨に至る一寸毎に一穴。これらも腹部の脉の定法である。

 足少陰の気の発する所の舌下と、足厥陰の気の発する所、陰毛中の急脉に各一穴。

 手少陰各一穴。

 陰陽蹻脉に各一穴。


手足の諸々の魚際もまた、脉気の発する所である。以上、すべて合わせると三百六十五穴となる。

原文と読み下し 

足太陽脉氣所發者.七十八穴.
兩眉頭各一.
入髮至※項三寸半.
傍五.相去三寸.
其浮氣在皮中者.凡五行.行五.五五二十五.
項中大筋兩傍各一.
風府兩傍各一.
侠背以下至尻尾.二十一節.十五間各一.
五藏之兪各五.六府之兪各六.
委中以下.至足小指傍.各六兪.
足の太陽の脉氣の發する所の者、七十八穴。
兩眉頭、各一。
髮に入りて項に至ること三寸半.傍に五.相い去ること三寸。
其の浮氣の皮中にある者、凡て五行、行に五.五五二十五たり。
項中の大筋の兩傍に各一。
風府の兩傍に各一。
侠背以下より尻尾に至る、二十一節.十五間に各一。
五藏の兪各五、六府の兪各六。
委中以下、足の小指の傍に至る、各六兪。

※項 :諸家に倣い頂に改める

足少陽脉氣所發者.六十二穴.
兩角上各二.
直目上髮際内各五.
耳前角上各一.
耳前角下各一.
鋭髮下各一.
客主人各一.
耳後陷中各一.
下關各一.
耳下牙車之後各一.
缺盆各一.
掖下三寸.脇下至.八間各一.
髀樞中傍各一.
膝以下.至足小指次指.各六兪.
足の少陽の脉氣の發するところの者、六十二穴。
兩角の上各二。
直目上の髮際内に各五。
耳前の角上に各一。
耳前角下に各一。
鋭髮の下に各一。
客主人各一。
耳後の陷中に各一。
下關各一。
耳下牙車之後各一。
缺盆各一。
掖下三寸、脇下より胠に至る八間、各一。
髀樞中の傍ら、各一。
膝以下、足小指の次指に至る、各六兪。

足陽明脉氣所發者.六十八穴.
額顱髮際傍各三.
骨空各一.
大迎之骨空各一.
人迎各一.
缺盆外骨空各一.
膺中骨間各一.
侠鳩尾之外.當乳下三寸.侠胃脘.各五.
侠齊廣三寸.各三.
下齊二寸侠之.各三.
氣街動脉各一.
伏菟上各一.
三里以下.至足中指.各八兪.分之所在穴空.
足の陽明の脉氣の發するところの者、六十八穴。
額顱より髮際の傍ら各三。
鼽の骨空に各一。
大迎の骨空に各一。
人迎に各一。
缺盆の外の骨空に各一。
膺中の骨間に各一。
鳩尾を侠むの外、乳下三寸に當り、胃脘を侠む、各五。
齊を侠む廣さ三寸、各三。
齊を下る二寸、これを侠むに、各三。
氣街の動脉に各一。
伏菟の上に各一。
三里以下、足の中指に至るに、各八兪。分はこれ穴空の在る所なり。

手太陽脉氣所發者.三十六穴.
目内眥各一.
目外各一.
骨下各一.
耳郭上各一.
耳中各一.
巨骨穴各一.
曲掖上骨穴各一.
柱骨上陷者各一.
上天窓四寸各一.
肩解各一.
肩解下三寸各一.
肘以下.至手小指本.各六兪.
手の太陽の脉氣の發するところの者、三十六穴。
目の内眥に各一。
目の外に各一。
骨の下に各一。
耳郭の上に各一。
耳中に各一。
巨骨穴各一。
曲掖の上の骨穴に各一。
柱骨の上の陷なる者に各一。
天窓の上四寸に各一。
肩解に各一。
肩解の下三寸に各一。
肘以下、手小指本に至るに、各六兪。

手陽明脉氣所發者.二十二穴.
鼻空外廉項上各二.
大迎骨空各一.
柱骨之會各一.
髃骨之會各一.
肘以下.至手大指次指本.各六兪.
手の陽明の脉氣の發する所の者、二十二穴。
鼻空の外廉、項上に各二。
大迎の骨空に各一。
柱骨の會に各一。
髃骨の會に各一。
肘以下、手の大指の次指本に至るに、各六兪。

手少陽脉氣所發者.三十二穴.
骨下各一.
眉後各一.
角上各一.
下完骨後各一.
項中足太陽之前各一.
侠扶突各一.
肩貞各一.
肩貞下三寸分間各一.
肘以下.至手小指次指本.各六兪.
手の少陽の脉氣の發する所の者、三十二穴。
骨の下に各一。
眉後に各一。
角上に各一。
完骨の下の後に各一。
項中の足の太陽の前に各一。
扶突を挟む、各一。
肩貞に各一。
肩貞の下三寸、分間に各一。
肘以下、手の小指の次指本に至るに、各六兪。

督脉氣所發者.二十八穴.
項中央二.
髮際後中八.
面中三.
大椎以下.至尻尾.及傍.十五穴.
骶骨下.凡二十一節.脊椎法也.
督脉の氣の發する所の者、二十八穴。
項の中央に二。
髮際の後中に八。
面中に三。
大椎以下、尻尾に至り、傍らに及ぶ、十五穴。
下に至る、凡て二十一節、脊椎の法なり。

任脉之氣所發者.二十八穴.
喉中央二.
膺中骨陷中各一.
鳩尾下三寸胃脘.五寸胃脘.以下至横骨.六寸半一.腹脉法也.
下陰別一.
目下各一.
下脣一.
齦交一.
任脉の氣の發する所の者、二十八穴。
喉の中央に二。
膺中の骨陷中に各一。
鳩尾下三寸、胃脘五寸、胃脘以下横骨に至ること六寸半に一.腹脉の法なり。
陰別を下るに一。
目下に各一。
脣の下に一。
齦交一。

衝脉氣所發者.二十二穴.
侠鳩尾外各半寸.至齊寸一.
侠齊下傍各五分.至横骨寸一.腹脉法也.
衝脉の氣の發する所の者、二十二穴。
鳩尾を挟む外に各半寸.齊に至る寸に一。
齊を挟み下る傍ら各五分。横骨に至る寸に一。腹脉の法なり。

足少陰舌下.厥陰毛中急脉.各一.
手少陰各一.
陰陽蹻各一.
手足諸魚際脉氣所發者.凡三百六十五穴也.
足の少陰は舌下なり。厥陰毛中の急脉、各一。
手の少陰に各一。
陰陽蹻に各一。
手足の諸々の魚際、脉氣の發する所の者、凡て三百六十五穴なり。





 鍼専門 いおり鍼灸院

2017年2月12日日曜日

氣穴論篇第五十八.


  本篇は天人合一思想に基づいて、主に経穴の数と位置について述べられている。

 筆者自身、本篇と次篇(気府論)は、あまり取るべきところを感じないが、それはすでに経絡・経穴を伝承されているからである。(ありがたいことです)

 それはさておき経穴の数に関しては、一年三百六十五日に応じて、経穴もまた三百六十五穴存在していることになっているが、現代に伝わっているものは三百六十一穴である。(WHOの定義に基づく)

 実際、背部兪穴を見ても、空白部位があり、おそらくは欠落して現代に伝わっていないのであろうと推測している。

 おそらく黄帝内経以後、何度も経絡・経穴の伝承は途絶えたのであろう。

 そのように推測したきっかけは、元代の滑伯仁が著した『十四経発揮』(1341年)の自序に目を落とした時である。

 著者、滑伯仁(かつはくじん)は、その自序で以下のように述べている。(筆者意訳)

 「黄帝内経に目を通すと、その内容のほとんどが鍼についての解説とその効果の大なることを説いている。
 にもかかわらず、世間で湯液は広く行われているのに、鍼道はかすかにしか行われていない。(灸法はわずかに存在しているが)
 このような世相を反映して、経絡・経穴もまた明確なものが無くなってしまっている現状に発奮して、初学者のために『十四経発揮』を現した。」と述べている。

 現代に翻ってさらに考えてみると、黄帝と岐伯が説いている鍼道を行う困難さは、現在も引き続き進行中との感覚がある。

 鍼は、ただ単に刺すだけの針金(はりがね)である。

 誰にでもすぐに簡単に行えるという利点はあるが、内経に記されているように、万病を治すとなるとかなり高度な眼力と技を要求される。

 ただ単なる金属で出来た「はりがね」1本を用いて、拡がる世界がどの程度の視野になるのか。

 鍼はまさに、仙術。

 鍼術家のロマンと思っているのですが、読者諸氏はいかがでしょうか。


原 文 意 訳

 黄帝が問うて申された。
 人体の気穴には、三百六十五があり、一年三百六十五日に応じていると聞き及んでいる。

  しかしながら、その部位については不明瞭なままである。願わくば、ここで直ぐに聞きたいのであるが。

 岐伯はうやうやしく頭を地につけること二拝し、答えて申された。
  まことに難しく困った問いでありますこと。
  聖帝でなければ誰がよくこのような道を極めることが出来ましょうや。
  ありあまる意と言葉を尽くして気穴の部位をお伝えいたします。

 帝は手を捧げてうやうやしく退いて申された。
 そちが余の道を開くこと、目にはまだその部位を見ず、耳にその数を聞いていないにも関わらず、既に目に明らかで耳ですでに聞いたかのようである。

 岐伯が申された。
 聖人はすでに下地が出来ておいでなので、語りやすいものでございます。それは良馬が御しやすいことと同じでございます。

 帝は手を捧げてうやうやしく退いて申された。
 そちが余の道を開くこと、目にはまだその部位を見ず、耳にその数を聞いていないにも関わらず、既に目は明らかで耳ですでに聞いたかのようである。

 岐伯が申された。
 聖人はすでに下地が出来ておいでなので、語りやすいものでございます。それは良馬が御しやすいことと同じでございます。

 余は、聖人の語りやすきではないが、世には真数は人の意を開くと申すではないか。
 今余が問い訪ねるところは真数である。蒙(くら)きを発し、惑を解くには、未だに論ずるに足りないのである。

 しかるに、余願わくばそちの溢れんばかりの志で、言葉を尽くしてその部位を聞かせてもらいたい。そして余の蒙い意を解いて頂きたい。これが叶うなら、この教えを金匱に蔵して、敢えて再び出さぬようしっかりと意に刻むであろう。

 岐伯は再拝して身を起こして申された。
 臣、それらについて言わせていただきます。

五臓の五行穴二十五穴、左右併せて五十穴。

六腑の五行穴に原穴三十六穴、左右併せて七十二穴。

熱兪五十九穴。

水兪五十七穴。

頭上には五行があり、行に五穴あるので、五五二十五穴。

背骨の兩傍に各五。凡そ十穴。

大椎の上兩傍に各一。凡そ二穴。

目瞳子浮白の二穴。

兩髀厭の分中に二穴。

犢鼻二穴。

耳中の多所聞に二穴。

眉本に二穴。

完骨の二穴。

項の中央に一穴。

枕骨に二穴。

上關の二穴。

大迎の二穴。

下關の二穴。

天柱の二穴。

巨虚上下廉の四穴。

曲牙の二穴。

天突一穴。

天府二穴。

天牖二穴。

扶突二穴。

天窓二穴。

肩解二穴。

關元一穴。

委陽二穴。

肩貞二穴。

瘖門一穴。

齊一穴。

胸兪に十二穴。

背兪二穴。

膺兪十二穴。

分肉に二穴。

踝上の横に二穴。

陰陽蹻四穴。

水兪は諸分に在り。

熱兪は氣穴に在り。

寒熱兪は兩骸厭中の二穴に在り。

大禁二十五。天府は下五寸に在り。

凡そ三百六十五穴。これらは鍼行うところであります。

 帝が申された。
 余はすでに気穴の部位と自在に鍼をする所も理解した。願わくば孫絡と谿谷について聞きたいのだが。これらもまた一年三百六十五日と応じているのであろうか。

 岐伯が申された。
 孫絡三百六十五穴の会もまた、一年に応じております。
 奇邪が客した場合、孫絡を通じて外に溢れさせ、栄衛を通じさせます。
 邪気が留まりますと栄衛もまた稽留し、衛気は散じて栄気は内に溢れ、そのままですと気は尽きて血は動かなくなってしまいます。
 すると身体は発熱して衛気を散じますので、内は少気します。
 このような場合は、グズグズせずに疾くこれを瀉して、栄衛の気を通じさせなければなりません。
 鬱滞箇所を見つけたならば、穴所であろうがなかろうがそのようなことに拘わらずこれを瀉すのであります。

 帝が申された。
 よく理解できた。では願わくば谿谷の会を聞きたいのであるが。

 岐伯が申された。
 肉の大会を谷、肉の小会を谿と申します。分肉の間、谿谷の会を栄衛の気は流れ、また大気とも会するのであります。
 邪が溢れて気が塞がり、脉は熱し肉は敗れて栄衛は行らないようになりますと、必ず膿を生じ、内の骨髄はとけ、外は股の肉が破られるようになります。骨節に留まりますと、必ず腐って敗れてしまいます。

 寒邪に何度も侵され、積もり積もって舍ってしまうと、栄衛の気は本来あるべきところに居ることが出来ず、肉は巻き上がり筋は縮み、肋骨と肘は屈伸できなくなります。
 内は骨痹となり、外は知覚麻痺の不仁となります。これは正気が不足してしまったからで、大寒が谿谷に留まってしまったからであります。

 谿谷の三百六十五穴の会もまた一年に応じております。もし小痹がひつこく留まり絡に溢れて脉を循って往来するような場合は、微鍼が適応し、一般的な方法と同じようにいたします。

 帝は、左右の者を退けて立ち、再拝して申された。
 今日は余の蒙(くら)きを発し、惑を解いて下された。これを金匱に蔵し敢えて再び出さないように致す。このようにして金蘭の室にこれを蔵し、「気穴の所在」と署名された。

 岐伯が申された。
 孫絡の脈で經と別れているものは、その穴が盛んであれば瀉すべきものもまた、三百六十五脉ございます。
 邪気は孫絡に並んで絡に注ぎ、さらに十二絡脉に伝え注ぐのであって、ひとり十四絡脉だけが邪に侵されているのではありません。
 関節に邪が入りますと、中を瀉すとは、五臓の十脉を瀉しなさいということであります。

原文と読み下し

黄帝問曰.余聞氣穴三百六十五.以應一歳.未知其所.願卒聞之.
岐伯稽首再拜對曰.窘乎哉問也.其非聖帝.孰能窮其道焉.因請溢意.盡言其處.
黄帝問うて曰く。余は聞くに、氣穴三百六十五を以て一歳に應ずと。未だ其の所を知らず。願わくば卒にこれを聞かん。
岐伯稽首再拜して對えて曰く。窘(きん)なるかな問いや。其れ聖帝にあらざれば、孰れか能く其の道を窮めん。因りて請う。意を溢(いつ)にして盡く其の處を言わん。

帝捧手逡巡而却曰.夫子之開余道也.目未見其處.耳未聞其數.而目以明.耳以聰矣.
岐伯曰.此所謂聖人易語.良馬易御也.
帝手を捧げて逡巡し却きて曰く。夫子の余の道を開くや、目未だ其の處を見ず、耳未だ其の數を聞かず、しかして目は以て明らかにし、耳以て聰くす。
岐伯曰く。此れ所謂聖人は語り易く、良馬は御し易きなり。

帝曰.
余非聖人之易語也.世言眞數開人意.今余所訪問者眞數.發蒙解惑.未足以論也.
然余願聞夫子溢志.盡言其處.令解其意.請藏之金匱.不敢復出.
帝曰く。
余は聖人の語り易きに非ざるなり。世に言う。眞數は人意を開くと。今余が訪ね問う所のものは、眞數の蒙を發し惑を解くなるも、未だ以て論ずるに足らざるなり。
然るに余は願わくば夫子の志を溢にし、言を盡して其の處を言い、其の意を解きさしめよ。請う、これを金匱に臧し、敢えて復た出さざらん。

岐伯再拜而起曰.臣請言之.
※1背與心相控而痛.所治天突與十椎及上紀.上紀者胃也.下紀者關元也.背胸邪繋陰陽左右如此.其病前後痛.胸脇痛.而不得息.不得臥.上氣短氣偏痛.脉滿起.斜出尻脉.絡胸脇.支心貫鬲.上肩加天突.斜下肩.交十椎下.
岐伯再拜して起きて曰く。臣請う、これを言わん。
※1背と心相い控(ひ)いて痛まば、治する所は天突と十椎及び上紀なり。上紀なるものは胃脘なり。下紀なるものは關元なり。背胸の邪の陰陽左右に繋がること此の如し。其の病、前後に痛みり、胸脇痛みて、息するを得ず、臥するを得ず、上氣し短氣して偏痛す。脉滿ちて起り斜めに尻脉に出で、胸脇を絡い、心を支え鬲を貫き、肩を上りて天突に加わり、斜めに肩に下りて十椎下に交わる。

※1 前後につながらない文章であるため意訳せず。

藏兪五十穴.
府兪七十二穴.
熱兪五十九穴.
水兪五十七穴.
頭上五行.行五.五五二十五穴.
中(月呂)兩傍各五.凡十穴.
大椎上兩傍各一.凡二穴.
目瞳子浮白二穴.
兩髀厭分中二穴.
犢鼻二穴.
耳中多所聞二穴.
眉本二穴.
完骨二穴.
項中央一穴.
枕骨二穴.
上關二穴.
大迎二穴.
下關二穴.
天柱二穴.
巨虚上下廉四穴.
曲牙二穴.
天突一穴.
天府二穴.
二穴.
扶突二穴.
天窓二穴.
肩解二穴.
關元一穴.
委陽二穴.
肩貞二穴.
門一穴.
齊一穴.
胸兪十二穴.
背兪二穴.
膺兪十二穴.
分肉二穴.
踝上横二穴.
陰陽蹻四穴.
水兪在諸分.
熱兪在氣穴.
寒熱兪.
在兩骸厭中二穴.
大禁二十五.在天府下五寸.
凡三百六十五穴.鍼之所由行也.
藏兪五十穴。
府兪七十二穴。
熱兪五十九穴。
水兪五十七穴。
頭上五行。行五。五五二十五穴。
中(月呂)兩傍各五。凡十穴。
大椎上兩傍各一。凡二穴。
目瞳子浮白二穴。
兩髀厭分中二穴。
犢鼻二穴。
耳中多所聞二穴。
眉本二穴。
完骨二穴。
項中央一穴。
枕骨二穴。
上關二穴。
大迎二穴。
下關二穴。
天柱二穴。
巨虚上下廉四穴。
曲牙二穴。
天突一穴。
天府二穴。
二穴。
扶突二穴。
天窓二穴。
肩解二穴。
關元一穴。
委陽二穴。
肩貞二穴。
門一穴。
齊一穴。
胸兪十二穴。
背兪二穴。
膺兪十二穴。
分肉二穴。
踝上横二穴。
陰陽蹻四穴。
水兪は諸分に在り。
熱兪は氣穴に在り。
寒熱兪は兩骸厭中の二穴に在り。
大禁二十五。天府は下五寸に在り。
凡そ三百六十五穴。鍼の由りて行うところなり。

帝曰.余已知氣穴之處.遊鍼之居.願聞孫絡谿谷.亦有所應乎.
岐伯曰.孫絡三百六十五穴會.亦以應一歳.以溢奇邪.以通榮衞.榮衞稽留.衞散榮溢.氣竭血著.外爲發熱.内爲少氣.疾寫無怠.以通榮衞.見而寫之.無問所會.
帝曰く。余は已に氣穴の處、遊鍼の居を知れり。願わくば孫絡谿谷を聞かん。亦た應ずる所有るや。
岐伯曰く。孫絡と三百六十五穴と會し、亦た以て一歳に應ず。以て奇邪を溢し、以て榮衞を通ず。榮衞稽留すれば、衞は散じ榮は溢し、氣竭(つ)き血著(つ)きれば、外は發熱を爲し、内は少氣を爲す。疾(と)く寫して怠ることなく、以て榮衞を通じ、見われればこれを寫し、會する所を問うこと無かれ。

帝曰善.願聞谿谷之會也.
岐伯曰.
肉之大會爲谷.肉之小會爲谿.肉分之間.谿谷之會.以行榮衞.以會大氣.邪溢氣壅.脉熱肉敗.榮衞不行.必將爲膿.内銷骨髓.外破大膕.留於節湊.必將爲敗.
帝曰く善し。願わくば谿谷の會を聞かん。
岐伯曰く。
肉の大會を谷と爲し、肉の小會を谿と為す。肉分の間、谿谷の會、以て榮衞を行らし、以て大気を會す。邪は溢し氣は壅(ふさ)がれ、脉は熱し肉は敗れ、榮衞行らざれば、必ず將(まさ)に膿を爲さんとす。内は骨髄を銷(と)かし、外は大膕(だいかく)を破る。節湊(せつそう)に留まれば、必ず將に敗を爲さんとす。

積寒留舍.榮衞不居.卷肉縮筋.肋肘不得伸.内爲骨痺.外爲不仁.命曰不足.大寒留於谿谷也.
積寒留舍すれば、榮衞居せず、肉は卷き筋は縮み、肋肘伸びるを得ず。内は骨痺を爲し、外は不仁をなす。命じて不足と曰く。大寒谿谷に留まれり。

谿谷三百六十五穴會.亦應一歳.其小痺淫溢.循脉往來.微鍼所及.與法相同.
谿谷三百六十五穴と會し亦た一歳の應ず。其の小痺淫溢し、脉に循(したが)いて往來するは、微鍼の及ぶ所、法と相い同じ。

帝乃辟左右而起.再拜曰.今日發蒙解惑.藏之金匱.不敢復出.乃藏之金蘭之室.署曰氣穴所在.
岐伯曰.孫絡之脉別經者.其血盛而當寫者.亦三百六十五脉.並注於絡.傳注十二絡脉.非獨十四絡脉也.内解寫於中者十脉.
帝乃ち左右を辟(ひら)きて起き、再拜して曰く。今日蒙を發し惑を解けり。これを金匱に藏し、敢えて復た出さずと。乃ちこれを金蘭の室に藏し、署して氣穴の在る所と曰く。
岐伯曰く。孫絡の脉、經と別れる者は、其の血盛んにして當に寫すべき者も、亦た三百六十五脉、並びに絡に注ぎて、十二絡脉に傳注し、獨り十四絡脉に非ざるなり。解に内(い)るは、中を寫すとは、十脉なり。

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2017年2月9日木曜日

經絡論篇第五十七.



 本篇は、前篇『皮部論篇』の続編であるように感じる。

 筆者の感覚では、例えば手足を診た時、経絡別に五色が現れているとは認識できない。

 しかし、顔面の気色だけでなく体幹部や四肢が現す色は、大変重要と感じている。

 本篇で取るべきところは、四時陰陽の盛衰によって様々に変化する色艶の、常と変を噛分けることの重要性であると筆者は考えている。



原 文 意 訳 

 黄帝が問うて申された。体表に現れる浅い絡脉の色は、青、黄、赤、白、黒とそれぞれ一様でないのは、いったいどういう訳であろうか。


 岐伯が答えて申された。

 経脉には、それぞれ常とする色がございますが、絡脉は常に一定しておらず、その時々の状況に応じて色が変化いたします。


 黄帝が申された。

 経脉の定まった本来の色とは、どのようであるのか。

 岐伯が申された。

 心は赤、肺は白、肝は青、脾は黄、腎は黒でありまして、これらは全て十二経脉の色に応じております。

 帝が申された。絡脉の陰陽もまた、十二經脉の色に応じているのであろうか。

 岐伯が申された。

 陰経の絡脉の色は、それぞれの經脉の色に応じております。

 ところが陽経の絡脉の色は、経脉の色に応じておらず、一定しておりません。

 それよりもむしろ、四時陰陽の盛衰に従ってその色を現します。

 従いまして、冬季のように寒が多いときは、気血の運行が渋りますので、青黒くなってまいります。

 また夏期のように熱が多い時には、気血の運行が盛んになりますので、肌も潤い艶も良くなりますので、黄赤となって参ります。

 このように陽経の絡脉の色の変化が、四時陰陽の盛衰に適っておりますれば、まずは病の無い状態と判断することが出来ます。

 ところが、五色の全てが現れておりましたら、寒熱が錯綜していると判断することが出来るのであります。

 帝が申された。

 なるほど、よく理解できた。


原文と意訳

黄帝問曰.夫絡脉之見也.其五色各異.青黄赤白黒不同.其故何也.
岐伯對曰.經有常色.而絡無常變也.


黄帝問うて曰く。夫れ絡脉の見れるや、其の五色各おの異にし、青黄赤白黒同じからず。其の故は何なるや。
岐伯對えて曰く。經に常色有り。而して絡に常無くして變ずるなり。

帝曰.經之常色何如.
岐伯曰.心赤.肺白.肝青.脾黄.腎黒.皆亦應其經脉之色也.


帝曰く。經の常色は何如。
岐伯曰く。心は赤、肺は白、肝は青、脾は黄、腎は黒、皆亦其の經脉の色に應ずるなり。

帝曰.絡之陰陽.亦應其經乎.
岐伯曰.
陰絡之色.應其經.陽絡之色.變無常.隨四時而行也.
寒多則凝泣.凝泣則青黒.
熱多則淖澤.淖澤則黄赤.
此皆常色.謂之無病.五色具見者.謂之寒熱.
帝曰善.


帝曰く。絡の陰陽も亦其の經に應ずるや。
岐伯曰く。
陰絡の色は、其の經に應じ、陽絡の色は、變じて常なし。四時に隨いて行くなり。
寒多ければ則ち凝泣し、凝泣すれば則ち青黒なり。
熱多則ち淖澤なり。淖澤なれば則ち黄赤なり。
此れ皆常の色にして、これを無病と謂う。五色具(そな)わり見われる者は、これを寒熱と謂う。
帝曰く。善し。


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2016年9月3日土曜日

皮部論篇第五十六.

七種山 虹の滝
 東洋医学は、体表に現れる気色や肌の色つやなどによって、五臓六腑の充実度を観る。

 瓜やスイカなど、外から眺めて触って軽く叩いて、中の状態を候うようなものである。

 ただ、候うに、瓜やスイカと違う点は、命がけだということである。

 本篇では、外邪がどのように伝変していくかということ。

 そして外邪に侵され始めた時には、体表にその変化が現れるので、それをつぶさに見て治療につなげなさいということだろう。

 当時の外感病は、いったいどのようなものであったのかなど、色々と想像した。

 明の王陽明が、地方に左遷された時、人々がまだ洞穴に住んでおり統制が取れないと、何かの本で目にしたことがある。

 まして素問が著されたと言われている春秋戦国時代にあっては、中央と地方の格差はどのようであったのだろう。

 当時と現代とでは、その衣食住の有様は、大きくかけ離れていたのだろうことは容易に推測できる。

 そして『傷寒論』の序文に在るような、村が全滅するような疫病が、幾度となく横行したのであろう。

 治病は、戦いと同じく機先を制するのが最上である。

 その機先は、体表に在る。

 本篇の邪は、外邪と意訳した。

 主に外感病を扱った『傷寒論』を内傷病に応用するように、内邪もまた逆のルートを通じて体表に現れる。

 直接臨床と繋がるような記載は無いと思われるが、このような見方、捉え方、考え方は大いに学ぶべきものがあると感じている。

 
原 文 意 訳

 黄帝が問うて申された。

 余は皮には十二經脉に分けた部位があり、脈には経の筋道があり、筋には結び絡う部位があり、骨には大小・長短の尺度がある。

 そしてその生じる病は、各々異なっていると聞いている。

 その各部位を明確に別ち、病が上下左右、陰陽のどちらにあるのか、病の始まりと予後など、それらの道理を聞かせてもらいたいのであるが。



 岐伯が答えて申された。

 皮の分部を知ろうとされるのでしたら、経脉を基準とすればよろしいのであります。これは全ての分部と經脉も同じでございます。

 陽明の陽は、害蜚(がいひ)と申しまして、陽明の気がさらに陽に傾きますと、陽気は消散してしまいます。上下、手足の陽明も同様であります。

 意識的に見て皮部に浮絡が存在するのは、すべて陽明の絡を見ているのであります。

 その浮絡の色が、青が多いようでしたら、それは痛みを現しているのでして、黒が多ければ痹を、黄赤が多ければ熱を、白が多ければ寒を、五色の全てが現れているようでしたら寒熱錯綜をそれぞれ表しております。

 絡に外邪が盛んとなりますと、経脉に入って留まるようになります。

 陽である絡は皮部でありますから外を主り、陰である経は臓腑に連なっておりますので内を主っております。

 少陽の陽は、その機能から枢持と言われておりまして、開の太陽、閉の陽明の枢軸を握っております。

 上下・手足の少陽も同様であります。

 意識的に見て皮部に浮絡が存在するのは、すべて少陽の絡を見ているのであります。

 絡に外邪が盛んとなりますと、経脉に入って留まるようになります。

 従いまして、陽である絡に在ります外邪は、陰である経を伝って内に入り込みますし、陰である經脉に在ります邪は、経脉を離れて次第に内の臓腑に滲むように入り込むのであります。

 これは、すべての經脉についても同じであります。

 太陽の陽は、外邪が最初に侵す部位であり、腠理開合の関所であります。

 ですからその機能から関枢と言われております。上下・手足の太陽も同様であります。

 意識的に見て皮部に浮絡が存在するのは、すべて太陽の絡を見ているのであります。

 絡に外邪が盛んとなりますと、経脉に入って留まるようになります。

 少陰の陰は、太陰と厥陰の枢であり、水を主っているところから、枢儒(濡)を言われております。

 意識的に見て皮部に浮絡が存在するのは、すべて少陰の絡を見ているのであります。

 絡に外邪が盛んとなりますと、経脉に入って留まるようになります。

 そして邪気は経脉から臓腑にはいり、さらに内の骨に注ぐのであります。

 心主の陰は、害肩と申しまして、厥陰の陰がさらに傾きますと、陰気は万物を塞ぎとめてしまうことになります。上下・手足の厥陰も同様であります。

 意識的に見て皮部に浮絡が存在するのは、すべて心主の絡を見ているのであります。

 絡に外邪が盛んとなりますと、経脉に入って留まるようになります。

 太陰の陰は、土中に潜む虫の出入りする関所の如く、体内の気血の出入りを主るので関蟄(かんちつ)と申します。

 意識的に見て皮部に浮絡が存在するのは、すべて太陰の絡を見ているのであります。

 おおよそ、十二經脉の絡脉と申しますは、皮部のことであります。

 でありますから百病が生じ始めるのは、必ず皮毛にその兆しが現れるのであります。

 もし、外邪が皮部に中りますと、腠理は開いて参ります。そうしますと外邪は絡脉に入って居座る様になり、そのまま留まって去りませんと経脉に伝入致します。

 さらにそのまま去らずに留まりますと、腑に入りまして腸胃に集まる様になるのであります。

 外邪が皮部に入り始めますと、ゾクゾクとして寒気がして体表の毛は逆立ち、そして腠理は開いてしまいます。

 そして絡脉に入ってしまいますと、絡脉は正邪抗争の結果、盛んとなり変色致します。

 また絡脉から経脉に入りますと、正気の不足を感じるようになり、経脉もまた陷下して参ります。

 さらに邪気が筋骨の間に留まり、外邪が寒に傾いているようでしたら筋が引きつれ骨もまた痛んで参ります。

 熱に傾いているようでしたら、筋は弛み骨は衰えて細り、肉は融ける様にやせ衰え、力こぶのような充実した肉は破れたかのように無力となり、毛は立ち枯れのようになってしまいます。

 帝が申された。

 夫子はこれまで、十二の皮部について話された。

 その皮部に病を生じる共通点はいかようなのか。

 岐伯が申された。

 皮と申しますは、経脉の一部でございます。

 ですから外邪が皮に舍りますと正気は敗れて腠理が開きます。

 そうしますと外邪は勢いに乗って絡脉に侵入し、絡脉で正邪の抗争が起こり、脉が満ちたにもかかわらず追い出すことが出来ないと、経脉に注ぎ入り、経脉でもまた外邪の侵入を防ぎきれないと臓腑にまで達してそこに舍るようになります。

 従いまして、皮には分部があり、皮の異変に気がつかないで治療の機会を失いますと、やがて大病を患うことになるのであります。


 帝が申された。 

 よく理解できた、と。



原文と読み下し



黄帝問曰.
余聞皮有分部.脉有經紀.筋有結絡.骨有度量.其所生病各異.別其分部.左右上下.陰陽所在.病之始終.願聞其道.
黄帝問うて曰く。
余は聞く。皮に分部有り、脉に經紀有り、筋に結絡り有り、骨に度量有り。其の生ずる所の病、各おの異なる、と。其の分部を別ち、左右上下、陰陽の在る所、病の始終、願わくば其の道を聞かん。

岐伯對曰.
欲知皮部.以經脉爲紀者.諸經皆然.
陽明之陽.名曰害蜚.上下同法.
視其部中有浮絡者.皆陽明之絡也.
其色多青則痛.多黒則痺.黄赤則熱.多白則寒.五色皆見.則寒熱也.
絡盛則入客於經.陽主外.陰主内.


岐伯對えて曰く。
皮部を知らんと欲すれば、經脉を以て紀と爲す者なり。諸經皆然り。
陽明の陽、名づけて害蜚(がいひ)と曰く。上下法を同じくす。
其の部中を視て、浮絡有る者は、皆陽明の絡なり。
其の色青多きは則ち痛み、黒多きは則ち痺し、黄赤なれば則ち熱し、白多きは則ち寒し、五色皆見われれば則ち寒熱なり。
絡盛んなれば則ち入りて經に客す。陽は外を主り、陰は内を主る。

少陽之陽.名曰樞持.上下同法.
視其部中有浮絡者.皆少陽之絡也.
絡盛則入客於經.
故在陽者主内.在陰者主出以滲於内.諸經皆然.


少陽の陽、名づけて樞持と曰く。上下法を同じくす。
其の部中を視て、浮絡有る者は、皆少陽の絡なり。
絡盛んなれば則ち入りて經に客す。
故に陽に在る者は内を主り、陰に在る者は出るを主り以て内に滲(にじ)む。諸經皆然り。

太陽之陽.名曰關樞.上下同法.
視其部中有浮絡者.皆太陽之絡也.
絡盛則入客於經.


太陽の陽、名づけて關樞と曰く。上下法を同じくす。
其の部中を視て、浮絡有る者は、皆太陽の絡なり。
絡盛んなれば則ち入りて經に客す。

少陰之陰.名曰樞儒.上下同法.
視其部中有浮絡者.皆少陰之絡也.
絡盛則入客於經.其入經也.從陽部注於經.

其出者.從陰内注於骨.
少陰の陰、名づけて樞儒と曰く。上下法を同じくす。
其の部中を視て、浮絡有る者は、皆少陰之の絡なり。
絡盛んなれば則ち入りて經に客す。其の經に入るや、陽部より經に注ぐ。
其の出ずる者は、陰より内りて骨に注ぐ。

心主之陰.名曰害肩.上下同法.
視其部中有浮絡者.皆心主之絡也.
絡盛則入客於經.


心主の陰、名づけて害肩と曰く。上下法を同じくす。
其の部中を視て、浮絡有る者は、皆心主の絡なり。
絡盛んなれば則ち入りて經に客す。

太陰之陰.名曰關蟄.上下同法.
視其部中有浮絡者.皆太陰之絡也.絡盛則入客於經.

太陰の陰、名づけて關蟄(かんちつ)と曰く。上下法を同じくす。
其の部中を視て、浮絡有る者は、皆太陰の絡なり。絡盛んなれば則ち入りて經に客す。

凡十二經絡脉者.皮之部也.
是故百病之始生也.必先於皮毛.邪中之.則腠理開.開則入客於絡脉.留而不去.傳入於經.留而不去.傳入於府.廩於腸胃.
邪之始入於皮也.泝然起毫毛.開腠理.
其入於絡也.則絡脉盛色變.
其入客於經也.則感虚.乃陷下.
其留於筋骨之間.寒多則筋攣骨痛.
熱多則筋弛骨消.肉爍䐃破.毛直而敗.

凡そ十二經の絡脉は、皮の部なり。
是れ故に百病の始めて生ずるや、必ず皮毛に先んず。邪これに中れば、則ち腠理開く。開けば則ち入りて絡脉に客し、留まりて去らずんば、傳えて經に入る。留まりて去らずんば、傳えて府に入り、腸胃に廩(あつ)まる。
邪の始めて皮に入るや、泝然(そぜん)として毫毛起き、腠理開く。
其の絡に入れば、則ち絡脉盛んにして色變ず。
其の入りて經に客すれば、則ち虚に感じて、乃ち陷下す。
其の筋骨の間に留まりて、寒多きは則ち筋攣し骨痛む。
熱多きは則ち筋弛み骨消し、肉爍(と)け䐃(きん)破れ、毛直して敗す。

帝曰.夫子言皮之十二部.其生病皆何如.
岐伯曰.
皮者脉之部也.邪客於皮.則腠理開.開則邪入客於絡脉.絡脉滿則注於經脉.經脉滿則入舍於府藏也.
故皮者有分部.※不癒而生大病也.
帝曰善.


帝曰く。夫子皮の十二部を言えり。其の病を生ずるは皆いかん。
岐伯曰く。
皮は脉の部なり。邪皮に客せば、則ち腠理開く。開けば則ち邪入りて絡脉に客し、絡脉滿つれば則ち經脉に注ぐ。經脉滿つれば則ち入りて府藏に舍す。
故に皮に分部有り、癒せざれば大病を生じるなり。
帝曰く、善し。



※原文、不與(不与)を甲乙経に倣い不癒に作る。


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2016年8月21日日曜日

長刺節論篇第五十五.

慶良間
 前篇に引き続き鍼法について述べられているが、鍼の補寫、遅速、深浅に関しては、他篇と矛盾することが多々ある。 

 これらから推測できることは、刺法に関しては当時から様々な流派ややり方があったことが分かる。

 これは巨刺と繆刺も同じである。

 巨刺と繆刺の鍼法は異なるが、生体全体を見渡し、気の偏在を空間的にとらえ、陰陽の平衡を計ろうとした鍼術としてみれば、同じ視点に立った鍼法であることが分かる。

 気の偏在を捉えること無く、巨刺、繆刺を固定的に捉え鍼を下すと、確実に誤る。

 このように臨床に際しては、原則に囚われず、生体が表現している状態に従って自由に遅速、深浅を加減することこそが大事と解釈することが出来る。

 人体は、一時も静止することなく千変万化するものである。

 その様々に変化する現象の中から、不変のものを見出しその場その場に応じて、一鍼を下すのが鍼灸医学である。

 このような生体の在り様に対して、原則は参考にすれども、定まった鍼法など無いに等しいのだと筆者は考えている。

 当然、本篇で取り上げられている病証と刺法は、ひとつのやり方であり例であって、決して固定的に捉えるべきではないと筆者は考える。

 この例から、何を読み取るかこそが大事と思う。

 固定的に捉えると、対象は実態から離れ、死んでしまうからである。

 また本篇で筆者が注目したのは、以下の一文である。

 <深專者.刺大藏.迫藏刺背.背兪也.刺之迫藏.藏會.腹中寒熱去而止.>

 この記載によって、腹部募穴と背部兪穴間の気の動きを明確にすることが出来る。

 気の動きを概念で捉えることができれば、あとはそのような視点で臨床的に照合していく過程に入ることが出来る。

 このあたりの詳細は、ブログ『一の会 東洋医学講座』 <背部兪穴と胸腹部募穴①~④>筆者の思惑を述べているので、興味のある方は訪れて頂けたらと思います。

 またこの篇は、誤字、脱字の類が多かったので、甲乙経、新校正などを参考に筆者なりに理解しやすいように読み替えたので、含みおいて頂けたらと思う。 
 

 

原 文 意 訳

 鍼の治療家は、診察前に病人の話し方に耳を傾けるものである。

 病が頭に在り、頭が急に痛むときは、鍼が骨に達すると治まるものである。


 その際には、皮は、鍼の出入りする部位であるが、骨肉と皮を傷害するようであってはならない。

 陰刺というは、一か所に刺し入れ、その傍らの四方に刺すのである。

 四方の面積大に気を集めたり散らしたりできるので、寒熱の病を治することができるのである。

 邪気が深い時には、五臓を刺す。

 邪気が五臓に迫ろうとしている時に背兪を刺すのは、五臓の気が背兪に会するからである。

 従って、正邪抗争の場を五臓から背兪に引くために刺鍼するのである。

 そして腹中の寒熱の症状が去れば、鍼もまた止めるのである。

 その際の要は、鍼を速く瞬間的に抜針し、浅いところで少し出血させることである。

 化膿した腫れ物を治するには、化膿部位を直接刺し、できものの大小を意識的に視て鍼の深浅を決めるのである。

 大きなものは、多く刺し、しかも深くするのである。

 その際には、鍼を真直ぐに持って刺入するのが、古来からの方法である。

 小腹部に固いしこりのある病は、皮肉の盛り上がっているところを刺し、そこから少腹部に至ったところで止める。

 さらに第四胸椎の傍らの厥陰兪を刺し、さらに腰骨の両側にある居髎付近と、さらに季脇肋の章門、京門付近を刺し、腹中の凝り固まった気を刺鍼部位に導き、熱所見が無くなれば治まるのである。

 少腹に病があって、腹痛がして大小便が無いのは、疝という病名である。これは寒邪に侵されたことが原因である。

 寒邪に傷られた疝には、小腹部と両方の内股、環跳付近を数多く刺す。下腹部以下全体が、はっきりと温かくなって来ると治まるのである。

 病が筋に在り、筋肉が痙攣して関節も痛み、歩くことが出来ないものを、筋痹と申します。

 筋痹には、筋上を刺すのが古来からの方法である。

 分肉の間を刺して、骨に中らないようにしなければならない。

 病が起こっても、筋が熱するようになると病は癒えて止まるのである。

 病が肌膚に在り、肌膚の尽くが痛むのを、肌痹と申します。寒湿に傷られたからであります。

 大肉・小肉の分間に、多く深く鍼を発し、肌膚が熱するようにするのが、古来からの方法です。

 その際には、筋骨を傷らないように致します。

 もし筋骨を傷りますと、廱(よう=できもの)を発するようになるか、思わぬ病変を生じます。

 大肉・小肉の分間の尽くが熱するようになりますと、病は癒えて止まります。

 病が骨に在り、骨が重く感じて挙動することが出来ず、骨髄は酸痛(だるく痛む)し、寒気の影響を受けるようになるものを、骨痹と申します。

 骨に届くように深く刺すが、脉肉を傷らないようにするのが、古来からの方法である。運鍼は、大肉・小肉の分間を進め、骨が熱するようになると、病は癒えて止まります。

 病が諸陽経に在り、寒と熱の症状が混在し、大肉・小肉の分間もまた、寒と熱の症状が混在しているのを、名づけて狂と申します。

 このような場合、虚脈を刺し、大肉・小肉の分間をしっかりと見て、寒熱の気が交流して、全体が熱すると病は癒えて止まるのである。

 この狂症が初めて発病し、一年に一度発作を起こして治らず、また月に一度発作を起こして治らず、さらに月に四五度発作を起こすようになりますと、これを癲病と申します。

 この際、諸分肉、諸経脉を刺すのであるが、寒の症状が無い場合は、鍼を以てこれを調え熱を平にすれば、病は癒えて止まるのである。

 風を病み、寒熱の症状があり、一日数回発熱して汗が出るような場合は、まず諸の分理絡脉を刺す。

 発汗して寒熱の症状があっても、三日に一度鍼をし、百日すると癒えるのであります。

 大風を病み、骨節が重く、髭や眉が抜け落ちてしまうのを、名づけて大風と申します。

 肌肉を刺すのが、古来からの方法である。発汗すること百日。

 骨髄を刺して発汗させること百日。

 凡そ合計二百日刺鍼し、髭と眉毛が生じて来たら、刺鍼もまた止めるのであります。




原文と読み下し



刺家不診.聽病者言.※1(病)在頭.頭疾痛.爲※2(藏)鍼之.刺至骨.病已※3止(上).無傷骨肉及皮.皮者道也.

陰刺入一.傍四處.治寒熱.

深專者.刺大藏.迫藏刺背.背兪也.

刺之迫藏.藏會.腹中寒熱去而止.

※4(與)刺之要.發鍼而淺出血.


刺家診せず、病者の言を聽く。病は頭に在り、頭疾痛めば、爲にこれに鍼す。刺して骨に至らば、病已み止まる。骨肉及び皮を傷ること無かれ。皮なるは、道なり。

陰刺は一を入れて傍ら四處す。寒熱を治す。

深さ專らなるは、大藏を刺す。

藏に迫るは、背を刺す。背の兪なり。

これ藏に迫るを刺すは、藏會なればなり。腹中の寒熱去りて止む。

刺の要は、鍼を發して淺く血を出すなり。

※1在のうえに病の文字ありとす。

※2(藏)全元起本には蔵の文字がない。これにならう。

※3上を止に改める。

※4與を読まず。



治腐腫者.刺腐上.視癰小大.深淺刺.
※刺大者多而深之.必端内鍼爲故止.必端内鍼爲故止.

腐腫を治するは、腐の上を刺す。癰の小大を視て、深く淺く刺す。

大なるを刺すは、多くしてこれを深くし、必ず端(ただ)しく鍼を内れるを故止と爲す。

※原文は「刺大者多血.小者深之.」甲乙経は、刺大者多而深之.必端内鍼爲故止.とあるに従う。


病在少腹有積.刺皮[骨盾].以下至少腹而止.

刺侠脊兩傍四椎間.刺兩[骨客]髎.季脇肋間.導腹中氣.熱下已.

病少腹に在りて積有るは、皮[骨盾](ひとつ)以下を刺し、少腹に至りて止む。

侠脊の兩傍四椎の間を刺し、兩[骨客]髎(かりょう)、季脇肋の間を刺す。腹中の氣を導き、熱下れば已む。


病在少腹.腹痛不得大小便.病名曰疝.得之寒.

刺少腹兩股間.刺腰髁骨間.刺而多之.盡炅病已.

病少腹に在り。腹痛みて大小便を得ず。病名づけて疝と曰く。これを寒に得る。

少腹兩股の間を刺し、刺腰髁骨(かこつ)の間を刺す。刺してこれを多くす。盡く炅(けい)して病已む。


病在筋.筋攣節痛.不可以行.名曰筋痺.

刺筋上爲故.刺分肉間.不可中骨也.病起.筋炅病已止.


病筋に在り。筋攣し節痛み、以て行くべからず。名づけて筋痺と曰く。

筋上を刺す故と爲す。分肉の間を刺して、骨に中るべからず。病起.筋炅すれば病已(や)みて止る。


在肌膚.肌膚盡痛.名曰肌痺.傷於寒濕.

刺大分小分.多發鍼而深之.以熱爲故.

無傷筋骨.傷筋骨.癰發若變.

諸分盡熱.病已止.


病肌膚に在りて、肌膚盡く痛む。名づけて肌痺と曰く。寒濕に傷らる。

大分小分を刺す。多く鍼を發してこれを深くし、以て熱するを故と爲す。

筋骨を傷ること無かれ。筋骨を傷れば、癰を發し若しくは變ず。

諸分盡く熱すれば、病已えて止む。


病在骨.骨重不可擧.骨髓酸痛.寒氣至.名曰骨痺.

深者刺無傷脉肉爲故.其道大分小分.骨熱病已止.


病骨に在り。骨重くして擧げるべからず。骨髓酸痛し、寒氣至る。名づけて骨痺と曰く。

深き者は刺して脉肉を傷ること無きを故と爲す。其の道は大分小分、骨熱すれば病已えて止む。


病在諸陽脉.且寒且熱.諸分且寒且熱.名曰狂.

刺之虚脉.視分盡熱.病已止.

病初發.歳一發不治.月一發不治.月四五發.名曰癲病.

刺諸分諸脉.其無寒者.以鍼調之.病止.


病諸陽の脉に在り。且つ寒し且つ熱す。諸分且つ寒し且つ熱するは、名づけて狂と曰く。

これを虚脉に刺し、分盡く熱するを視れば、病已えて止む。

病初めて發し、歳に一たび發して治せず。月に一たび發して治せず。月に四五たび發するを、名づけて癲病と曰く。

諸分諸脉を刺す。其の寒無き者は、鍼を以てこれを調えれば、病止む。


病風.且寒且熱.炅汗出.一日數過.先刺諸分理絡脉.

汗出且寒且熱.三日一刺.百日而已.

風を病みて、且つ寒し且つ熱し、炅汗出ずること、一日に數過するは、先ず諸の分理絡脉を刺す。

汗出で且つ寒し且つ熱するは、三日に一たび刺す。百日にして已む。


病大風.骨節重.鬚眉墮.名曰大風.刺肌肉爲故.汗出百日.

刺骨髓.汗出百日.凡二百日.鬚眉生而止鍼.


大風を病みて、骨節重く、鬚眉墮つるを、名づけて大風と曰く。肌肉を刺すを故と爲す。汗出ずること百日、

骨髓を刺して、汗出ずること百日、凡そ二百日、鬚眉生じて鍼を止む。



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